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ポスト縁側。の巻

日本の文化はさしずめ縁側文化だ、なんて申します。
ハタノです。
縁側なんていってもピンと来ないのがわれわれ現代っ子のヤボなところでございます。
ベランダ、と言い換えた方がまだなんとなくしっくりとくるのではないでしょうか。
しかしながらこのベランダ。普段の日常生活で効果的に使われているでしょうか?
とくに、アパートやマンションなどでお暮らしになっている方、どうですか?
捨てそびれた『カン・びん』のゴミ袋をとりあえず置いておくとこ。とか、
なんとなく、植物の鉢などをおいたけど、ただ、それだけ。とか、
物干し。とか。
ダメダメ!
俺たちはもっとやれるはずだ!
俺たちなら、もっとベランダをうまく使えるはずなんだ!
なぁ、そうだろう?そうだよな?おまえだってやれるんだ!
出ようぜ!出ようぜ!ベランダに出ようぜ!
ゴー・トゥー・ザ・ちょっと外!
バック・トゥー・ザ・ちょっと中!
サンダルとスリッパを履き替えるボーダー
パブリックとプライベートを履き替えるボーダー
ベランダ!ベランダ!ベ・ランダ!
ゴー・トゥー・ザ・ちょっと外!
バック・トゥー・ザ・ちょっと中!

今私は、イトウ君の部屋に居候中なのですが、
彼のベランダはいいですよ。非常に狭いベランダですが、うまく使っています。
基本的な使い方は、喫煙スペースとしての利用です。
「タバコはベランダで吸う。例外は認めない。」
という、チェーンスモーカーの私にはちょいと厳しいこの法度も、
最初は面倒だったけど、なかなか面白い効果がありましてね。
やはり頻繁にベランダにでるのですよ。タバコ吸いたいから。
出たり入ったりしてね。
でもこれが、生活にメリハリをつけてくれるのですよ。
いまでは、その小さなベランダにはテーブルと椅子があり、
ビール飲んだり、コーヒー飲んだり、ノートパソコン持ち出したり、
恋人に電話したり、歯を磨いたり、足のツメ切ったりするとこになりました。
ベランダ文化です。
ベランダ文化が生まれようとしています。
ベランダ的思想やベランダの哲学も生まれるでしょう。
「縁側的」とはパブリックとプライバシーの融和であり、生活空間の拡張であります。
もしも現代人の生活に様式というものがあるのならば、
いまそれが果たして豊かであるかが気になるところであります。

ポスト縁側としての日本のベランダ。
ここにはまだ可能性が眠っていますぞ。

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自転車はグルグルと街を回遊する。の巻

治安の悪い街に住んでいる。

家の前のコンビニに、二度強盗が入った。
家の前の焼肉屋で、放火犯が捕まった。
家の前で数人の警官が防弾チョッキを来て、
「スキンヘッドの男を見つけ次第、確保!」
と、無線らしきもので指示を出していた。
最寄りの駅で、催涙ガスが噴射された。
今夜も近所の道ばたで、アメリカ人の男女が
取っ組み合いで殴り合っていた。
夜になると、毎日同じルートを全力疾走の自転車が
「まー!まー!」と叫びながらグルグルと走る。
ツール・ド・なにがし。である。

人間という生き物は非常に順応性が高い動物だと聞いた。
新しい生活環境にもやがて順応し、快適さすら覚えはじめ、
そのうち飽きて、結果、麻痺してゆく。

ゲトーとまではいかないにしろ、ここは治安が悪い。
夜、女がひとりで歩いてたらレイプされても仕方ない、
というほどではないが、割と治安が悪い。
しかしながら住めば都か。
ここでの暮らしもだいぶ慣れ、割と快適に過ごしている。
中国人や朝鮮人や韓国人やインド人、そしてそれ以外の人達。
「ダージリン」という名のお気に入りのカレー屋さんもできた。
もちろん店員は100%インド人。もしくはネパール人。
注文を聞きに来る利発そうな男も、愛らしいウェイトレスさんも
厨房でナンをこねてるタフな連中も100%インド人。あるいはネパール人。
インド人のウェイトレスさん。
この店に来て、はじめてインド人をかわいいと思った。

多国籍、とまではいかないが、きっと暮らす人それぞれに
これといったライフスタイルがあり、多様である。
なによりここは江戸の下町。下町ならではの暮らしぶりも残っている。
商店街も活気に満ちている。
昔ながらの商店も多い。ご年配の方々も元気である。
コンビニエンスに慣れきった自分が恥ずかしくもあり、
なんだか居場所が無いような所在なさに駆られたりもしたが、
少しずつではあるが、慣れてきている。

清濁合わせ飲む、という言葉があるが、まさにそういった街である。

美しい寺や神社。坂道、路地裏。
犯罪や暴力、浮浪者、汚物。

今夜も「まー!まー!」と叫ぶ声が響き、
自転車はグルグルと街を回遊する。
こんなことにすら人々は慣れてゆき、
やがて当たり前になってゆくのだ。


君は僕にはもったいない。の巻

近頃、シャンデリアが気になる。
天井からぶら下がってて、キラキラした、あれである。

気になるというか「好きかもしれない」という自分の気持ちに
気が付いたのだ。
最近、なぜだか行く先々の店でシャンデリアに出くわすことが多い。
飲食店とかそれ以外で。
シャンデリアというものは、なんか装飾過多な、ロココ的な
いわゆる「貴族」のようなものだ。
身分もクソもない時代と街に育った私なのに、やはり貴族には
若干、怖じ気付いてしまう。イメージの刷り込みであろうか。

行く先々に貴族がいる生活。

通りの角を曲がった途端、
なんかモーツァルトみたいな奴が「踊りませんか?」
てな具合に待ち構えている。
最近は、そんなシャンデリア・ラッシュ。

なにがシャンデリアだバカ野郎コノ野郎!ダンカン!
と、下町気質で突っ張ってみても、それはそれで味気ない。

「シャンデリア?いいじゃない!」

と、今度は踵を返して軽薄に全肯定してみれば、それはそれで
なんか、何か大きなものに負けたような、媚びたような感じ
になってしまう。

なんだろうこれは? 叶わぬ恋か?

恋は路傍の花。と、友人のセンチメンタルイトウ君は言っていたが、
そんな可愛らしい素朴さでは、今回の出会いは語れないのである。
そんな裕木奈江みたいな、微妙な「わび」のような良さではない。
なにしろ今度の相手はシャンデリアなのだから。

その出会い、ニコール・キッドマン級。

シャンデリアといってもピンキリでしょうが、
ああいった強いイメージを持つ品物って、もう値段とかの問題じゃ
ない。あのイメージだけで、持て余す感じがしてしまうのだ。
手に負えない。

よく、卑怯な男が別れ話で、
「君は僕にはもったいない。」
的なニュアンスでその関係から逃げ出すことがあるが、
そういった苦しいセリフも、あるいはキッドマンにこそふさわしい。


シャンデリアって素敵!

素直にいえばそういう事だが、買っても絶対持て余す。
たとえあなたが「いいわ。」と頷いてくれたとしても。
そんな、貴族とキッドマンなシャンデリアを
恥ずかしながら愛してしまいそうな
そんな愚かな一週間でやんした。ケケケ。


『談話室 上北沢』

『談話室千駄木』の特別編でございます。
悩み相談のため、われわれザ・イーゴンはこの度出張して来ました。
上北沢というとこにいって来ました。
というわけで、今回のタイトルは『談話室上北沢』でございます。
今回は、イトウの意外な能力が明らかになっています。
<聴く>


イーゴンの作曲 第4回



第4夜目でございます。
間があいてしまいましたが、結果を出しています。
<聴く>


今日はお休み。

お休みです。


待ってました!

映画監督・村松正浩の短編作品がネット上で配信されております。
『橘くんのバカ』という作品です。おもしろかったです。
<観る>


第3回イーゴンの作曲



第3夜目でございます。
今夜はイトウがスランプ。
そこへ…。
<聴く>


第2回「イーゴンの作曲」



第2夜目でございます。一杯ひっかけて帰って来たヨッパライこと、
イーゴンのイトウ君が今日も作曲してます。
今日は歌詞がちょっとあります。
では、第2夜目をどうぞ。
ちなみにハタノは見てるだけ<聴く>


新企画『イーゴンの作曲』



ザ・イーゴンが作曲する過程を毎日5分ずつ聞くコーナーです。
完成した曲もいいけど、そのプロセスを見てゆくのもなかなか面白い。
では、第一回目をどうぞ。<聴く>


イトウと楽器/1

イトウ君がいろんな楽器を奏でるコーナーです。
こんな風に音楽はうまれるのです。
第一回目は「マウイザフーン」という珍しい楽器です。
一見、リコーダーのように見えますが、吹き口がサックスなのです。
別名、バンブーサックスなんて呼ばれる、ハワイ辺りの楽器のようです。
それでは御覧下さい
『マウイザフーンとイトウ。』


バンド「砂漠」の可能性、ここに見つけたり!


我らがTHE EGONがリズム隊をつとめるローファイバンド『砂漠』。
もう映像を見られた方も多いでしょう。
どうでしょうか?
そんな砂漠の活動も展開してゆくわけではございますが、
バンドの方向性について考えている次第でございます。
ホーコーセー!
なんかそういう「方向性」とか言ってる感じがまた
バンドっぽい。そんな砂漠です。
といったわけで、こういうの用意しました。
<方向性、その1>
<方向性、その2>
↑これらをふまえて、これからレコーディングしたいと思います。
近日中にアップします。



映像深夜便/『キーガー、クールーイ!ソ!オー!』

初期衝動というものがありますね。
今日は私の男の子らしい部分の初期衝動について。
パンクロックの初期衝動でございます。
私がはじめて聞いたパンクロックは
ザ・ブルーハーツの「人にやさしく」という曲でした。
とはいえ、どんな人が歌ってて、どんな格好をしているのか
わかりませんでした。
というのは、初めて聞いたのがテレビのコマーシャルだったからです。
小学校低学年だったと思います。
レナウンのCMでした。土曜日のゴールデン洋画劇場を観てる合間合間
に流れるCMでした。
映像はカラフルなアニメーションでした。
「ストップ!ひばりくん」みたいな感じの。
最近で言うと「30minutes」のオープニングみたいな。
つまり、江口寿史みたいな、軽薄な80'sな感じです。
ゆえに、私のなかでは
『レナウン=パンクロック=江口寿史』
みたいな感じになっとるわけです。
そんな非常にレアなCMの映像が、またもやyoutubeでみつかりました。
はい、<コレです。>
どうでしょうか?かっこいいと思うんですが。
実写を元にしてるであろうアニメの動きが
妙な感じです。
あんな三人組が歌ってるんだと、本気で思ってました。
パンクか、カッコイイなぁ。なんて。

今夜はこれを抱いて眠れ!


なんだか夢を見てるみたいだ。


マザー牧場は、とても広くて、牛さんや、馬さんや、羊さんが
たくさんいました。あと豚さんもいました。
よく晴れた連休だったので、たくさんの親子や、恋人や、それ以外のひとが
どこかの国の難民キャンプのような感じで、ひしめき合っていました。
僕らはお腹が空いたりして、何か食べものを売ってるところに行くと、
モクモクと煙をあげて、ひどくたくさんのウインナーが焼かれている売店が
ありました。バナナほどの大きさの、骨つきのウインナーが焼かれていました。
やはりそこにも、難民たちはゾロゾロと長い列をなして、
はしゃぐわけでも無く、怒るでも無く、煙の中に迷い込んで行くのでした。
タタミ半畳ほどの金網の上には3、40本ほどの骨つきのウインナーが
「原」という名札をつけた男と、「矢木」という名札を付けた男に
手際良く転がされ、次々と、文字どうり飛ぶように売れて行くのです。
僕らもやはり例外無く、
「原」という名札をつけた男と「矢木」という名札を付けた男が焼いた
骨つきのウインナーを、ほおばるのでした。
そんな昼下がりのマザー牧場には、なぜだかデブがたくさんいました。
親子のデブ。恋人のデブ。それ以外のデブ。
僕らはそんな彼等に混じって、羊をさすったり、馬をさすったり、
豚をさすったり、したのです。

夕方になり、そろそろ帰ろうか、なんてムードの僕たちは、
また、来た道を引き返すように、出口にむかうと、
まだ、原」という名札をつけた男はウインナーを焼いていたし、
肥った難民たちの行列は、まだ煙の中に流れていました。
僕らは、彼等がハムになっちまわないか、と心配をしましたが、
まあ、いいか、というムードだったので、そのまま帰ったのでした。




土曜の朝に救われる。

ピーター・バラカンさんがやってるラジオ番組
『ウィークエンドサンシャイン』
とってもいいです。本気の選曲です。
毎週土曜の朝は早起きしてコレをききましょう。
「最近、なんか音楽とか聞かなくなったな…」
という感じになってる人、まだ大丈夫ですよ。
音楽はいいものだ。と、あらためて感じます。


映像深夜便005

今夜はこれです。
パッと観の感じはなんだか薄ら怖い雰囲気は否めませんが、
こいつは名曲であります。感動します。
『ヨイトマケの唄』/美輪明宏

今夜はこのヨイトマケ映像を抱いて寝ろ。
夢にでそうなインパクト。


イェイェイェヤーヤー!イェイェイェヤーヤー!

これ、歌いたい。
ARB『魂こがして』


『映像深夜便004』

私はその世代ではないけれども、
「僕が僕であるために」なんて尾崎豊に促されては
自分探しの旅という名の元に、会津の白虎隊のように
勘違いで青春を無駄にした若者たちの愛しき日々も
今は昔。
自分の変わりなんていくらでもいるのさ、なんて
街の飲み屋で、遠い席の、嫌な会話を小耳にしながら
ピスタチオをチマチマとむいていると、
自分がドジで正直者の木こりの愚直さを
まだ持っているかもしれないと、思ったりもする
そんなゴールデン街のゴールデンウィーク。
「いえ、私が落としたのは鉄の斧です。スイマセン。」
結果、金の斧を手にしたっつったって。
やっぱり、木を切るっきゃないのが木こりなのですよ。
仕事ですからね。ヘイへイ・ホー!

そんな感じの映像ですよ、今夜は。
それでは、きれいなジャイアンを抱いて眠ろう。


『映像深夜便003』

音楽というものは時代によって姿カタチを変えるものの
まぁ、絶対なくなったりはしないものなのでしょう。
なんてね。
ともかくも、小学校中学校には義務教育としての
『音楽』という「科目」があり、そして様々な
正しそうな音楽を歌ったり、笛ふいたり、してましたね。
"NO MUSIC,NO LIFE."
なんていうキャッチコピーが昨今ではあります。
というわけで、今夜はこの二本です。
ジャミロクワイdj shadow
こういうのを学校で教えなきゃダメね。
はい。この映像を抱いて寝なさい。


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